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2025年12月第4回 |
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間もなく新年を迎えようとしている歳の瀬でございますが、霞が関や赤レンガなどの 愚策により、2026年を迎える事無く、今年の春に廃駅となっちまった、ジ〜サン鉄や オジサン鉄達の間じゃ、C55の撮影地で名を馳せた宗谷本線抜海を富山の迷鉄氏 撮影の6X6カラーネガからアップです。画面右側に雪まみれのキャブだけ見せてる 気動車は、各停から遜色急行まで活躍した、キハ20系の極寒ヴァージョンキハ22で ございます。このキハ22は、稚内10:10発の340D名寄行き、ここ抜海で対向列車と 交換でございます。なので、下りホームにゃ駅長さんが、対向列車と通標授受の為に 待機中、駅長さん重なって見難いけど、タブレットキャリヤー受けも確認出来ますね。
待つ事暫し、真っ白い雪のカーテンから現れたのは、旭川6:25発キハ56 2両編成の 313D急行礼文でございます。しかし、如何なオフシーズンと言え、2両編成は寂しい。
急行礼文が通過して数分後、ノッチを入れアイドリングからトルコンの回転を強めた キハ22単行(後部乗務員窓にレチ)の名寄行き340Dが、ホームを離れていきます。 それにしても、ホームもレールも結構な雪に覆われてるけど、今みたいにウヤ連発 なんて国鉄時代は、聞いた事なんかほぼ無かったぞ。現業の人減らして、交通業と 関係無いとこで儲ける事ばっか考えてる、JRって一体・・・オッとまた愚痴っちゃった。 宗谷本線 抜海 1974-1 Photo by 富山の迷鉄 |