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2026年2月第3回 |
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政治屋の先生様達が、長年まき散らして来た愚策の賜物か?森の駅名標札幌方面 次駅に書かれる様になっちまった、石倉の国鉄時代の駅撮りを松原物故団員撮影の 銀塩フィルムを蔵出しスキャンでアップです。上り本線から今は、レールを剥がされて 無くなっちまった下り本線を跨ぎ、現在の下り本線、当時の待避線に入って来たのは、 編成の先頭に白い冷蔵車レ12000形3両を従えた、煙突から続くボイラー上部の長い セキから’ナメクジ’と呼ばれた、初期製造型の1両「五」のD51 29号機でございます。
真横からのアングルならD51 29号機が、’ナメクジ’呼ばれた事が納得できちゃうじゃ ないでしょうか。テンダーのケツが切れてるのは、後が海で引きが、足らないからか? 細かい事それとして、待避線に入ったてぇ事は、当然対向列車との交換なんだけど、 なんで、上り本線に入線しないで、待避線に入ったのか、有効長の為か、上り列車の 追い抜きも有ったのか、結局よく分かんない。だけど、D51貨物レが退避した列車は、 蒸気機関車じゃないってぇ事たぁ間違いなし。デジと違って銀塩フィルムは、赤貧鉄の 懐にゃズシンと響くお値段だったんで、撮ったコマ1枚も無い対向列車or追抜き列車は、 DD51牽引か気動車列車だった筈です。そんな幻の退避列車が、到着出発して空いた
当時まだ単線だった上り本線にD51 29号機は、ドレインを切り爆煙を上げて出発して 行きました。 国鉄 函館本線 石倉 1973-2 Photo by 松原の親方 |