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2012年4月第4回 |
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今から40年以上も昔の事でございました。新幹線は既に新大阪まで開業して、0系が 「ひかり」に「こだま」に大活躍して、大阪は千里の丘で開催されていた万国博覧会に 首都圏から沢山のお客さんを運んでおりました。ヨウヤク夢の新幹線が庶民にとって 現実の新幹線になり掛けた時代でした。しかし、周遊券を頼りに旅をする鉄道大好き 学生さんにはマダマダ高嶺の花だったのでございます。ソノ頃首都圏から九州への 行き帰りは、往復とも2泊3日が常でした。行きは143M(夜行大垣行き普通列車)で 私鉄に興味があれば名古屋下車、近鉄経由で大阪へ到着後、関西で夕方まで鉄して 九州方面への夜行急行に乗車して翌朝到着と言ったぐわいでした。アップの写真も そんな鉄旅の最中に撮った、近鉄上本町地上ホーム40数年前のスナップなのです。 今では駐車場にした屋根にスッポリ覆われ空の見えない上六も、こんなに開放的な ターミナルだったんですね。ホームに停車中のク1590形がぶら下げている方向板の 上本町抜き「大阪」単独の表示も、マルーン単色も今となっては懐かしい限りです。 近鉄大阪線 上本町 1970-8 Photo by 団長 |